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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(オ)628号 判決

上告人 重政誠之

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人坂野英雄の上告理由第一乃至三点について。

刑事判決において「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」四条により株券が没収されたときは、没収の効力は右株券に表彰される株主権に及ぶと解すべきであり、また、本件のように、没収の目的である株券が押収されて検察官に保管されている場合には、没収の判決の確定と同時に没収の効力、換言すれば、株式の国庫帰属の効力(但し、少くとも没収の言渡を受けた者と国との関係においてである)を生じ、この場合特に所論のような検察官の執行命令による執行を必要とするものではないと解するのが相当である。従つて、右と同趣旨の原判決の判断は正当であり、所論は、独自の見解であつて、採用するをえない。

同第四点について。

右に説示のとおり、本件株券没収の判決確定と同時に、少くとも上告人と被上告人との関係においては、右株券に表彰される株主権は被上告人に移転すると解すべきであるから、上告人が、右判決確定後本件株式につき被上告人に名義書換がなされるまでの間に、株主名薄上の株主として交付を受けた本件利益配当金及び無償交付の新株(またはその売得金)を不当利得として被上告人に返還すべき義務のあることは明らかである。所論もまた独自の見解に立脚して原判決を非難するものであつて、採用するをえない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田八郎 池田克 河村大助 奥野健一 山田作之助)

上告代理人坂野英雄の上告状記載の上告理由

昭和三二年(オ)第六二八号

上告人 重政誠之

被上告人 国

上告理由は民事訴訟規則第五十条による提出期間内に上告理由書を提出してこれに記載する。原判決に影響を及ぼすこと明かな法令違背を上告理由とするもので、上告理由書に記載するが、その主旨は次のとおり。

すなわち(イ)株券が相対的有価証券なることを肯定しながら原判決において押収株券没収の判決効力が株券に表彰されている株主権に及ぶ旨判示されたことの違法、(ロ)没収の執行について株券の没収が株主権の没収に及ぶ旨説示しながら当該株券の占有を被控訴人が取得することをもつて執行があるとされたことの解釈の違法(ハ)没収裁判の執行についても原則として民事訴訟に関する法令の規定が準用せられ(刑事訴訟法第四九〇条)且つ債務名義と同一の効力を有するのは検察官の命令である(同法条)ところ、被控訴人において昭和二九年一二月七日までの間係争の株式についてなんの措置もとらなかつた点を認めており、原判決がこれを摘示しながら同日前に株式没収による国庫帰属を肯定した説示の違法などです。 以上

〇 上告代理人坂野英雄の上告理由

昭和三二年(オ)第六二八号

上告人 重政誠之

被上告人 国

原判決にはこれに影響を及ぼすべきこと明かな法令の違背が存する。

第一点没収刑の客体となりうるものと本件没収の客体についての原判決の法令違背。

一、原判決は、当事者間に争のない事実として、上告人が昭和二九年五月二十九日経済関係罰則の準備に関する法律違反等被告事件につき押収になつていた被上告人原審主張に係る富士紡績株式会社株券一九三枚、東洋紡績株式会社株券一七〇枚、日清紡績株式会社株券二七六枚を没収する判決宣告を受け、この判決が同年六月一三日確定したことを摘示している。そしてこの没収の効力が単なる株券ではなくて株式そのもの、すなわち株主権に及ぶかについて、右判決が没収したのはたんなる紙片としての株券ではなく、株主権を表彰した株券であると解している。

原判決において指示する株主権を表彰した株券ということには異存はないけれども、こういう株券というのが、はたして株式を意味するものかは明かでない。しかしこれを意味するものと解しても、かような解釈は次のように違法な見解である。

二、株券はすでに発生した株主権を表彰する証券であつて設権証券ではないこと、本件におけるごとき記名株券においては株主権の移転または質入には証券の占有を要するとはいえその他の場合には権利の利用に証券を必要としない相対的有価証券に属することは、いずれも明白である。この意義からすれば、株主権は株券に表彰されてはいるけれども、もとより株券とは異り、株式というのはこの株主権を意味する。しかも株主権は株券に表彰されているとはいえ株券に全く化体されているものではなくて、株式の移転、質入についても株券の占有移転で足るものではなく株主権者からの譲渡又は質入れの意思表示を必要とされていること商法の規定からも明かである。

しからば株主権というような権利の没収ができるか。これを肯定する解釈は、刑法及び刑事訴訟法の規定に反しこれを無視したものである。けだし、刑法第十九条に則り没収の客体たるものは現に犯罪行為を組成し、または犯罪行為に供したかその他同法条中列記の場合にあたる物そのもの(場合によつてはその物の対価たる物)たることを要し、それは有体物を意味し株主権のような権利は含まれないこと、恰も債券が含まれないのと同様である。他面没収刑の執行に関する刑事訴訟法の規定(第四九〇条ないし第四九九条)も右の趣旨を前提とするもので、殊に第四九七条第一項第四九九条はこの趣旨においてのみ理解できるにすぎない。無記名債権のように民法上動産にみなされるものについては、その債権証書そのものとともに表示権利をも没収する効果を生ずべきも、かような性質を有しない権利は没収の客体となることができない。

原判決が、株券は相対的有価証券であることを肯定しながら、そして没収の客体は株主権を表彰する有価証券と認めてこの趣旨は株主権も没収されたものと解したとすれば、法律で没収の客体とならないものにつき没収の客体を肯定した違法が存する。なるほど株券は有体物と同様に物理的に管理可能であるけれども、株券が相対的有価証券であるのに、株主権が株券に化体されていて、株券の授受によつて株主たる権利が移転するものと解し、株主権が株券の形態で結局物理的に管理可能とした原判示も失当である。けだし株主権は株券に表彰されているとはいえ、株券は設権証券ではないから株主権が株券に化体されていると肯定できるものではないし、株主である権利が移転するのは単に株券の授受によつてなされるものではなくて株券に対する株主の裏書か又は株主の譲渡証書をも必要とすることが商法第二〇五条に照らしても明白といわなければならない。なお経済関係罰則の整備に関する法律第四条の趣旨が、賄賂として収受さされた利益を当該被告人に保有させることなきものであることは原判決説明のごとくであるとはいえ、この点にかんがみて本件没収宣告は株主権をも含むものと解するのは失当且つ違法である。

右法条の趣旨は株主権を没収の客体としなくても達せられる。けだし右法条は没収不能のときにおける追徴をも肯定し」ているのであつて、もし賄賂たるものが有体物でなくて権利であるときは、権利の没収はできないからその価額を追徴することによつて前示法条の趣旨は達せられるのである。かように刑事裁判権の行使方法により前示法条の趣旨は到達できるのに、本件で引用されている東京高等裁判所の刑事判決が追徴を宣告しないで「押収に係る株券」没収の宣告をしたにすぎないこと明白で、原判決がこれを認めながらしかもなお右没収の効力が株主権に及ぶ趣旨に解したのは違法といわなければならない。この点につき原判決は株券が相対的有価証券なることを肯定しながら「株主権は株券に化体されていて株券の授受によつて株主である権利が移転するもの」とも説示しているけれども、この説示もまた失当なることは前記のとおりである。

第二点株主権没収の効力発生時期についての原判決の法令違背。

一、没収の効力が株主権に及ぶと仮定しても原判決においてこの没収の効力は検察官の株券占有により生ずる旨判示したのは法令を正当に解釈したものではない。

第一審判決は没収宣告の刑事判決の確定により株式没収の効力が発生する旨説示したけれども、原判決は没収の執行が刑事訴訟法上認められていることにかんがみ没収宣告の判決確定により当然没収の効力が生ずるとはいえない旨説示したのであつて、この点原判決は正当である。

二、一そこで没収の効力はいつ生ずるかの事項についてであるが、原判決は上告人と被上告人との間の関係のみをみれば、被上告人が当該株式の株券を適法に占有したときに、没収の効力が生ずるものと解し、本件で没収宣告された株券は全部押収されており刑事判決確定の当時に東京高等検察庁検事が保管し占有していたことを捉えて、この事実から右判決確定当時に没収の効力が生じたものと説示している。

三、しかしながら右の見解は、いやしくも没収刑についても執行が必要なりと解しながらその執行を刑事訴訟法によらないで肯定した点で法令に反するものである。没収刑の執行につき刑事訴訟法第四九〇条は、没収の裁判は検察官の命令によつて執行し、この検察官の命令が執行力ある債務名義と同一の効力を有する旨を定め並びに没収の裁判の執行については民事訴訟法の規定を準用する、但し執行前に裁判の送達を要しない旨を明定している。すなわち検察官の没収執行命令がはじめて執行力ある債務名義と同一の効力を有するのであつて、且つ執行については民事訴訟法による原則である限り、検察官の命令なくして没収の執行がなされる余地はない。本件において刑事判決確定後昭和二十九年十二月七日まで本件株式につき被上告人がなんの処置もとらなかつたことは、原判決摘示のように原審まで被上告人が認めており、なお債務名義たり得るものは検察官の命令だけである旨上告人も主張していた(昭和三二年二月一日附第三準備書面、同年三月一日口頭弁論期日で陳述)。しかるに原判決は没収刑執行についての検察官の命令を昭和二九年一二月七日以前に何等肯定するところなくて、たまたま執行担当官たる検察官が押収株券を保管し占有していたことの一事によつて、株券の占有が被上告人にあつたから刑事判決確定当時右株券が被上告人の占有するもめなる限り右判決確定の当時に株式の没収による国庫帰属も生じた旨説示したのであつて、この点右の上告人主張理由によれば全く法令を正解しないものといわなければならない。

第三点記名株式の国庫帰属につき株券の占有移転をもつて足るとし、且つ占有の性質をも無視した違法。

一、原判決は「株券が発行された場合には、株主権に株券に化体されていて、株券の授受によつて株主である権利が移転するもの」と解し(原判決9丁裏)、被上告人が係争の没収客体となつた株券「右諸株式の株券を適法に占有したときに没収の効力が生じたと解するを相当とする」と判示した(同上10丁裏)。しかしながら株式の譲渡のためにはいやしくも記名株式なる限りは株券の移転をもつて足らないこと商法第二百五条によるも明かであつて、刑事訴訟法第四九〇条によつて準用される民事訴訟法による記名株式の国庫帰属を強制執行するためにも、単に株券の引渡しをなさしめるだけでは足りなくて民事訴訟法第七三六条に従うことを要し、没収刑の執行については、没収宣告の刑事判決は右法条に定める判決に該当せず、たゞ刑事訴訟法第四九〇条にいう検察官の命令のみが民事訴訟法第七三六条に掲げる判決と同一効力を生ぜしめる余地ありやが問題とされるにすぎない。このことは刑事訴訟法第四九〇条において没収の裁判は検察官の命令により執行し且つこの命令が執行力ある債務名義と同一効果を有する旨明示していることからも、また没収裁判の執行については民事訴訟に関する法令の規定を準用する旨定めていることからも、首肯さるべきものに属する。本件においては問題の刑事判決のなされた事件は旧刑事訴訟法により処理されていたとはいえ、右記載の上告理由は、刑事訴訟法第四九〇条を旧刑事訴訟法第五五三条と改めても同一であるから、旧刑事訴訟法により処理されるとしても旧刑事訴訟法第五五三条によつても全くこの上告理由と同一なる旨をこゝに附記してこの点につきこの上告理由の正当なことを主張する次第である。

しかるに原判決は、被上告人が本件株式について刑事判決確定後昭和二九年一二月七日までの間なんの処置をとらなかつたことを上告人主張のように認めている旨摘示し(原判決4丁裏)、このことは当事者間に争いがないのにかゝわらず、前記のような被上告人の株券占有の事実に依拠して刑事判決確定の昭和二九年六月一三日当時に本件没収株式につき没収の効力が生じた旨判示したのは、前示のような株式の移転に・関しての商法第二〇五条、民事訴訟法第七三六条刑事訴訟法第四九〇条(旧刑事訴訟法第五五三条)の解釈を誤り、法令に反する理由を掲げたものといわなければならない。

二、なお原判決は没収株券が押収されていたことによる検察官の株券占有を根拠の一にしているとはいえ、右株券は単に押収手続によつて国に保管されていたものに係り、これを没収して国に帰属せしめることは没収刑の執行によつてはじめてなさるべきことで、しかも本件没収株式についても昭和二九年一二月七日まで東京高等検察庁においてなんらの没収関係の措置をとらなかつたこと前述のように当事者間に争なく原判決もこれを摘示しているし、また没収株券についてさえ東京高等検察庁が民法第一八五条所定の処置をとつたことを肯定する資料なくこの処置を前提としないでは直ちに押収物の保管占有は自主占有に変更されることはないのに、原判決は押収物占有の事実のみを認定し権原の性質上所有の意思なき占有が自主占有に変更されたことをも認定しないで株券占有一による株式没収の効力発生をも肯定したものに係り、原判決はこの点においても法令に違背する。けだし株式の移転について株券の占有移転をもつて足りるとしても、他主占有が他の者に与えられていたことをもつて足りるものとはいえないこと明白だからである。

第四点没収刑の本旨と株主利益配当請求権及び割当て新株受領による不当利得を肯定した原判決の違法。

原判決は、本件の株式没収は右株式を取得したことによる利得を一切奪う趣旨であるとし、上告人受領に係る昭和二九年下期の配当金合計四万六、一一三円と日清紡績の新株式二、八〇〇株は上告人が昭和二九年一〇月三〇日富士紡績、東洋紡績及び旧清紡績の三株式会社の株主たることを前提とするものとの理由で上告人の不当利得を肯定した。

しかしながら、没収がなされるのは没収物と犯人との腐り縁を断つ必要からのもので、没収物は没収の日的に従い速かに処分されるべきもので、この処分する範囲におい、てのみ没収物についての権利が国に帰属するものであつて、これは没収の本旨であり、故にまた没収物の換価は許されるるが株式について配当金を受領したり又は株主総会に出席する権利は国家にはないものである。しかも株主の利益配当請求権は、株主が元物たる株金払込金の使用の対価として会社から受くべきものではないから、それは株式の法定事実でもなくこれに準ずべきものでもない。しかるに原判決が利益配当金受領を不当利得と解したのは、没収裁判の本旨と利益配当請求権の性質を法的に顧みないでなした違法の見解である。次になお無償新株交付についても没収の本旨にかんがみ右と同様に解さるべきもので、本件の無償新株交付が日清紡績において再評価積立金資本組入れに関する法律によりなしたものであつて、これにより旧株の価格が下落したとしても、没収の客体があくまで旧株であり且つ没収の本旨が上述のごときものなる限り、旧株を処分することにより当該没収はその本旨を逸脱しないものといわなければならない。もしそれ全部有償新株又は一部有償新株の交付があつたときに、旧株没収をした国がかような有償新株を全部又は一部の株金払込をして交付を受けることができるかに考えが及ぶときは、これは否定すべきものである。けだし没収の本旨は没収の客体たる目的物と犯人との腐り縁を切断し没収物処分の範囲で国が権利を取得するものだからである。無償交付新株の場合においてもこの理は全く同様に適用さるべく、旧株没収によつて国に新株取得権が移転しないのに上告人の新株取得を不当利得と肯定した原判決はこの点においても違法である。

叙上記述のとおり原判決には上告理由第一点ないし第四点摘示の法令違背があり、右第一第二及び第三点によれば、上告人の本件株主利益配当請求権及び日清紡績株式会社の交付新株受領権について基準時期たる昭和二九年一〇月三〇日当時には上告人が被上告人に対する関係においても係争の富士紡績株式会社、東洋紡績株式会社及び日清紡績株式会社の各株式につき株主権者であつたこと明白で問題とされた配当利益金及び日清紡績新株の受領権利を有したこと明かであり、この受領が不当利得となる余地なく、またこのことは上告理由第四点からも同様に論ぜらるべきものに係り、上告理由摘示の法令違背は原判決に影響を及ぼすべきことまた多言を要しない。よつて原判決は破毀さるべきこともとよりであつて、しかも本件事案は既に上告理由記載の点で既に裁判をなすに熟しているから本件上告は原判決破毀の上然るべき裁判を求めているのであるが、この然るべき裁判としては被上告人の上告人に対する本案請求の棄却が相当であると思料する次第です。

以上

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